2026/03/07 07:42
こんにちは、Maeshinです。
いつも応援して下さりありがとうございます😊✨
今回は昨日の記事の続きです🙏
さっそくいきましょー!
-----------------------------------------------------------------------------------------------------
続きです👇
マニラには1ヶ月いかないほどの滞在だった記憶していますが、そこで撮った写真を武器にさっそく就職活動をし始めます。👈人生で初めての😂☝️(笑)
条件は、写真事務所やスタジオでできるだけ従業員の少ないところ。
会社というよりも個人事業主的なところを狙い目にして探していた記憶がやんわりとあります。
従業員が少ないということは人が足りてない可能性が高いし修行中の見習いカメラマンだったとしても早い段階で撮らせてもらえるはずだ!という安易な考えで設定した条件でしたが、これが功を奏します㊗️☝️
転がり込めた写真事務所は個人事業主の親方と先輩と僕の3人だけ。
もはや雇用契約書なんてものすらもありません(笑)
人が足りて無さ過ぎだったのですぐに撮影に入らせてもらえそうという予想は見事に的中し、親方の下につき修行をはじめて2日目か3日目には😂💦お客さんの撮影に駆り出されていました。👈早過ぎるて😂☝️
スパルタというより無茶苦茶ですね(笑)👈当時のお客さんには申し訳ない気持ち。。
さて、そんな感じで爆裂人手不足だったにもかかわらず当時業界最大手の某ブライダル会社の関西のスタジオ部門をまるっと下請けしていたこともあり、親方のところには年間約5000件とかいうわけ分からない数の発注が飛んできていました。
それをほぼ無理ゲーでしたができるだけ3人で回す、、という(笑)
店舗だけでも大阪、京都3店舗、神戸、奈良、滋賀。
その他別会社の式場や神社などの外ロケもあったのでもはや大パニックです(笑)
ブラック企業なんて言葉が生易しく思えるぐらいの、暗黒という言葉でも足りない。。
もはや周りの光を全て吸い込んでしまう。。ブラックホールみたいな環境です😂😂(笑)
単純計算で5000件を3人で割っても1500件/1人です。
最低でも5件、アベレージで6、7件、多い時なら8件/1日とか撮ってたのでお客さんの顔なんて覚えてない。。(笑)
年間どれくらいの撮影件数をこなしたのか、もはや殆ど記憶がないぐらい。。
" とにかく、撮っていた! "ということだけは覚えています(笑)
---------------------------------------------------------------------------------

さて、そんな感じでなかなか濃厚な経験値を毎日浴び続けたことでそれなりの自信とそれに伴う余裕も出てきました。そして怒涛の3年と10ヶ月の修行時代を経てついにフリーランスとして独立し仕事を始めます。
ちょうど30才を過ぎてそろそろ脂がのってきていた頃です。
親方から半ば奪うような形でもらったクライアント、閉館が決まっていた結婚式場のスタジオ部門をまるっと請け負うことができ、そこでの収入を軸に少しずつ仕事の幅を広げていこうと暗中模索していたと記憶しています。
なぜ悪戦苦闘ではなく、暗中模索なのか。。独立の仕方が親方との喧嘩別れだったからです。
先述の通り、親方は莫大な数の案件数を請け負っていたわけですが、なぜこんなに莫大な件数を受注できていたのか、というと。。1件あたりの単価が安過ぎたからです。
信じられますか?
下請けとはいえ、ブライダルのスタジオの撮影が¥6000/件とか高くて¥8000/件とかです。
ここにプラスで写真の販売枚数、売れた枚数に応じて出来高のギャラが数千円オンされる。。
出来高で単価アップできるとはいえあまりにも契約内容に問題があります。
こんな単価で成り立つのか?と不思議に思ってはいたのですが、そういった経営方面の思考は当時のMaeshinは持ち合わせてはなく、、盲目的に撮影をこなしていました。
当時ブライダル写真は外ロケで背景をぼかして柔らかい雰囲気での写真が流行りはじめていたということもあり、某大手ブライダル会社もスタジオの撮影案件が減ってきていました。
まともに電卓をたたけば立ち行かなくなるのは目に見えていたのですが、親方は経営者というより職人気質だったこともありそのまま経営が立ち行かなくなり、、先に僕よりも給料の高い先輩が止めてしまい、Maeshinの給料も2ヶ月ほど未払いが生じたりだったのでハローワークなど役所に相談しに行き、てんやわんやがあった末に、準備していたわけではない、望んではいないタイミングで独立することになりました。
はい、2回目の敗北です😂💦(笑)
------------------------------------------------------------------------------------------
さて、半ば強制的にフリーランスとして独立したわけなのですが、先述の通り、収入の軸としていた結婚式場は閉場することが決まっていたので収入がなくなることは既に決定事項です。
それを見越して集客や仕事の幅を広げるための勉強など色々な準備をする時間的な余裕もなく、親方からの給料もそんなに高い金額ではなかったし何より親方が元請けから受注していた案件の単価は先述の通りなので、それを引き継いだMaeshinも撮影案件はこなせどそんなに稼げるわけではない。。
晴れてここに撮影の技術はあるけど集客のノウハウはないという
器用貧乏の権化みたいな存在が爆誕します。(笑)
職人の下について習うとその弟子は職人気質になるということですね。
はい、早くも3回目の敗北です(笑)
---------------------------------------------------------------------------------
次回予告です。
修業期間を経て独立したはいいけど集客ができない。
そして適切な報酬がないと痛い目にあうぞ!ということをしっかり目に痛感したMaeshinはここからビジネスの勉強をし始め、負けないポジショニングと生き方の模索し始めます。
まだもう少し書けるのであと何回かに分けてお届けすることにします。
今回はいったんこのへんで😂🙏
最後まで読んで下さりありがとうございました!
